深山森(みやま・しん)『ラジオガール・ウィズ・ジャミング』

ラジオガール・ウィズ・ジャミング (電撃文庫 (1288))

ラジオガール・ウィズ・ジャミング (電撃文庫 (1288))

夜の街をラジオ用の送信機材を抱えた小柄な黒い影が走る。それを追う憲兵たち。軍政の下、あらゆる情報媒体が規制されたシムカベル市で、コインに擬装した受信機を通じて市民に海賊放送を届けるのは少女レコリスと巨漢の相棒D・Jことダニエル・ジェイカー……。

第12回(2005年度)電撃小説大賞最終選考作。受賞作ではない*1もののネット界隈での評価は高いようで手にとった。
やや青臭いが鼻につくほどでもなく著者が若い読者に伝えたいことへの熱意が微笑ましく感じられる。著者の次の作品が読みたいので1点プラスで7点

以下まとまりのない感想を

舞台となるのは大戦の傷跡が残る架空の軍事国家。社会制度やテクノロジーは20世紀初頭から末くらいが混在していて、本作をSFとしてみると説得力はいまひとつといわれそうだが『鋼の錬金術師』や『パンプキンシザーズ』のようなコミック作品にもテーマの似通った作品がありそれほど違和感を感じず。
プロットは「権力者である軍と市民がなんとなく共存してきた街に、外からやってきたテロリストの工作により市民と軍の関係がギクシャクしたけど、海賊放送の二人の活躍でテロリストも退治されてめでたしめでたし」といったところ。
「権力と民衆の(良い)関係」という古典的なテーマを扱っており、やや陳腐な展開になりそうなところを、情報統制された都市での情報テロという新しめの素材を用いエンターテイメントとして成立させている
政治的テーマについて登場人物の語りにややぎこち無いところがあるのが惜しい。とくに隊長さんは新任士官のようで最後まで違和感が残った。一方、反政府組織のテロリスト氏はかつての理想主義者という役回りを饒舌に語り過ぎずうまく表現している。レコを除くと登場人物は人生の経験を積んだオトナばかりというのはラノベでは珍しくかえって新鮮に感じるのは確か。

モチーフとなる「海賊放送」について。コンピュータやネットを道具立てに使った話は既にラノベ定番の「魔法」と同様「何でもあり」の感があり食傷気味だったが、情報統制化の無線通信(つまり放送)とはある意味おもしろいところに目をつけたなあ。読んでいて思い出したのが、『アメリカン・ウェイ』(1986年、主演:デニス・ホッパー)という映画。ベトナム戦争帰りの男たちが旧式の爆撃機B-29に放送機材を積んだ海賊テレビ放送で当時のアメリカの保守体制をコケにするコメディー。現在DVDでは入手できないようだ。

プロットに戻る。クライマックスは20世紀末の東欧「革命」を思わせる。地下ラジオとかの道具だての類似はもちろんだが、暴動や無政府状態に陥ることなく市民の冷静な行動の下、比較的静かに政権委譲が行われたバルト三国チェコなどを連想した。実際には反政府活動がテロリストとして撃退されるという逆の状態でハッピーエンドを迎えるのも今風で興味深い。

*1:この年の受賞作は『お留守バンシー』(大賞)と『狼と香辛料』(金賞)など