古橋秀之『冬の巨人』

冬の巨人 (徳間デュアル文庫)

冬の巨人 (徳間デュアル文庫)

普段手に取る機会の少ない徳間デュアル文庫の書き下ろし読みきり作品ですが、欠点も多いものの以前読んだ同著者の『ある日、爆弾が落ちてきて』とはまた違う魅力を感じた作品です。
冒頭から吹雪の雪原を彷徨う金属製の巨人「ミール」の姿が描かれますが、その巨人がひとつの「世界」を形成しているという高所恐怖症にはくらくらするようなスペクタクルに圧倒されます。これだけでも読む価値があるかも知れません。

こうした巨大「世界」が移動するイメージで思い出したのが過去に読んだ作品の数々。

  • C・プリースト『逆転世界』のレールに乗ってゆっくりと移動する全長約460m、7階層の巨大都市
  • L・シェパード『竜のグリオールに絵を描いた男』*1の高さ約230m、「しっぽの先端から鼻面まで」が1800mの動かない竜
  • T・チャン『バビロンの塔』*2の頂上まで登るのにひと月半かかる巨大な塔

上記の作品をどれかを読んだことがあり印象に残っている方ならこの作品で語られる世界観も楽しめると思います。
反面、「世界の成り立ちの謎を解く」といったSF的なカタルシスを期待するとクライマックスで若干肩透かしを食う可能性があるかもしれません。たとえばクラーク『宇宙のランデブー』のような巨大構造物探検もの*3を期待すると結局コイツはなんなんだ!ともの凄くフラストレーションがたまるかも。
あくまで通常ありえないファンタジックな世界を舞台とする少年の成長譚として読む作品なのだと思います。主人公「オーリャ」はややものわかりの良すぎる「良い子」(≠優等生)的ともいえるキャラクターなのですが、良い子過ぎて自らをとりまく厳しい環境と運命を甘受してしまうところはいま風。「ディエーニン教授」をはじめとする周囲の「大人しくない」大人に見守られつつ新しい世界に踏み出していくところはラノベ的というよりは児童文学的的といえます。物語全体の構造でいうと少年の成長であり巨人の庇護を離れ自立していくこの世界の人々の未来と同期しているのかなあと思ったり。
結末における開放感や未来への期待感は素晴らしいものの不満もあります。不思議な少女「レーナ」は作品における役割が「機械仕掛けの神」以上のものは感じられず(というかこれはまるでスピルバーグの『E.T.』です)、このあたりが気になるか気にならないかで好き嫌いが分かれるだろうと思います。8点

蛇足的追記

作品の世界観はさておきビジュアル的なミールの造形はゲームワンダと巨像』に出てくる巨人の雰囲気がぴったりときます(実寸スケールはミールと比較して随分と小さくなりますが)。実はクライブ・バーカーの短編ホラー『丘に、町が』を思い出したりもしたのですが、アイデアを含めいろいろ怖いので詳細はパスします(笑)。

*1:短編、ハヤカワ文庫『80年代SF傑作選・上』に収録

*2:短編、ハヤカワ文庫『あなたの人生の物語』に収録

*3:紹介した作品のうち『逆転世界』は結末で「世界」についてある程度納得のゆく説明がなされ、『宇宙のランデブー』はそのまま宇宙の彼方に飛び去ってしまうので、まったく逆の読後印象をもつ人がいるかもしれないと断っておきます