伊坂幸太郎『アヒルと鴨のコインロッカー』

アヒルと鴨のコインロッカー (創元推理文庫)

アヒルと鴨のコインロッカー (創元推理文庫)

8点
書棚の読み待ちスペースを長いこと占有していた2冊の本のうちの1冊、いわば「キング・オブ・積読をようやく読めてホッとしている。本書は2003年の吉川英治文学新人賞を受賞した伊坂幸太郎の第五長編である。プロットを重視するタイプのミステリ作品であるため内容には触れないことにして4ヶ月も放っておいた理由について語る。
以前同じ著者による『ラッシュライフ』を読んだときのことだが。序盤から中盤までは錯綜するプロット、徐々に明らかとなる登場人物の意外な関係、ありえない偶然がもたらす魔術的効果に軽い興奮を伴いつつ読んだが、結末を経ての読後感といえば自分でも不思議に思うほどひどいものであった。いわば目一杯まで膨らんだ期待が一気にしぼむ感覚というか、要は結末がお行儀良すぎると感じたのであった。群像劇をなす登場人物たちの誰もにほとんど魅力を感じなかったことも大きいと思う。
ラッシュライフ』が一般的にそれほど悪い作品であったということでもないし、これをベストに推す読者もいると思う。作劇技術は、それこそタランティーノの凝った映画脚本のようだし仙台という(東京や大阪と比べると)それほど大きくはない街を舞台装置に上手く使った作品だと思うが、たまたまそこに(失礼とは思うが)ある種の小賢しさを感じたというのが正直なところだろう。
すっかり『ラッシュライフ』の感想になってしまったが、本作『アヒルと鴨のコインロッカー』はこうした「残念な出会い」を払拭するに十分な魅力をもった作品であった。よくできたミステリの一作として自信をもってお奨めできる。最初に宣言したとおり内容に触れられないが、ラストの動物園における小さな姉弟のエピソードには「河崎」ならずともジンときてしまった。

蛇足
伊坂はよく宮城県仙台市を舞台に作品を書くようなので、かの地あるいは東北地方の出身と思っていたが奥付をみるとなんと千葉県生まれなのであった。本作には語り手の一人として法学部に合格し親元を離れ仙台で一人暮らしを始めたばかりの「僕」こと椎名という青年が登場するが、彼には伊坂の若き日の姿が投影されているのかもしれない(伊坂は東北大学法学部を卒業)。

さらに蛇足
以前から気づいていたことだが
楽しんだ作品よりも不満を感じた作品の方が文が進むのも些か考えものである。