水鏡希人『君のための物語』

第14回電撃小説大賞・金賞受賞作品
気どった皮肉屋だけど憎めない作家志望の主人公「私」と、辛らつで不思議な力を持つ美形の「彼」との出会いと交流を複数のエピソードを連ねてときに急展開もまぜつつゆったりと描く。

キャラクターや物語はしっかりとつくられているが丁寧な文体を通して体験できる作品世界の雰囲気が最大の魅力でしょうか。帯裏の推薦文を壁井ユカコ(『キーリ』、『鳥籠荘』)が書いているのも合点がいきます。

君のための物語 (電撃文庫)

君のための物語 (電撃文庫)

冒頭の一章からライトノベルレーベルの作品ではあまり見かけない文体(強いてあげると古い海外翻訳文学に近いリズム)が、かなり新鮮でぐいぐいと引き込まれます。
文体だけではなく二人の性格がよく練られており、完成度ではホロとロレンス(『狼と香辛料』)に通じるものを感じました、尤も本作は男と男ですが。

細かいところでは、文体だけではなく小道具へのこだわりも感じました。主人公たちの暮らす世界は、1900〜1930年代くらい(自動車やカメラや固定資産税はあるが、テレビやラジオは無い…)のヨーロッパの大都市を彷彿とさせますが、固有名詞やカナ語を極力廃したあとが見てとれます。このことで作品の舞台がわれわれの住む世界と地続き(単なる架空地名)なのか、異世界なのかも曖昧*1になっていて、世界や制度の退屈な説明なしで物語に没入できます。

結末で作品冒頭に戻る*2という終わらせ方は一作として大変美しく感動的でもあるのですが、すっかり気に入ったこの男二人のその後の「物語」を読みたいと思ったりもしてちょっと複雑な心境です。

*1:曖昧だけど、よく読めば異世界でしょというのはヤボですよ

*2:「時間もの」ではないです、念のため