福井晴敏『6ステイン』

6ステイン (講談社文庫)

6ステイン (講談社文庫)

9点、どちらかというと長編作品でじっくり描く作家と思っていたので意外な完成度の高さに驚く。
福井晴敏は周辺的な設定に一定のリアリティを保ちつつも細部の過剰な描写に陥ることなく人間を描くこと稀有な作家だと思う。軍事や兵装の薀蓄はほどほどにフィクションというウソを上手く現実に織り込むのが上手い。本作も防衛庁所管の非公開組織〈情報局〉に所属するエージェント達の等身大の姿が描かれる一方、浅草や上野の街がハリウッド製スパイ映画を髣髴とさせる活劇の舞台となるのは見事。
これまで登場人物の関係がやや定型的になるところ(作者の言を借りると「おっさんと少年の物語」)があったが、本作では家庭を持つ女性や老人を主人公にするなどで人物描写の掘り下げや作劇に新しい魅力を感じる。
どの作品も良いがどれか一作といえば、登場人物を一部同じくする『媽媽(マーマー)』と『断ち切る』の魅力も捨てがたいものの、やはりキャラクターのインパクトでガン黒高校生メイクの凄腕エージェント(19)が登場する『サクラ』をあげたい。『920を待ちながら』の虚実が逆転する密室劇もおもしろいし、中年の元スパイが子供を抱えて走る『いまできる最善のこと』も高村薫の短編に映画『マーキュリー・ライジング』*1を加えたような捨てがたい魅力がある、って結局全部お奨めですね。

*1:もちろん『レオン』や『グロリア』でも良い