岡本タクヤ『千の剣の舞う空に』

第9回えんため大賞・優秀賞受賞作品
ライトノベルに限らずネットゲームや仮想空間を題材とした作品は多く、しばらくはもの珍しさもありましたが、本作は新世代登場を感じた実力作です。

千の剣の舞う空に (ファミ通文庫)

千の剣の舞う空に (ファミ通文庫)

交通事故のために幼少からやってきた空手の道を中学で絶たれた少年は『世界最強』となるべくネットゲームの世界に身を投じる。そこで出会った女剣士が高校のクラスメートであることに気づき……。
受賞時の題名は『ボーイミーツガール オン ライン』、本作のテーマをよく表現してます。

本作で扱われる多人数参加型対戦格闘ネットゲームというと桜坂洋スラムオンライン』を連想させますが、かの作品に感じたオン(仮想)とオフ(現実)の境界が曖昧になる独特の感覚は本作では味わえません。また川端裕人『The S.O.U.P.』(名作!おススメです)のように一人の人生全体や世界の命運がMMORPGの仮想空間に託されるような「大きな物語」も描かれません。
ネットがすっかりコモデティ化した時代、本作におけるネットはあくまで物語進行上の小道具(ただし非常に重要な小道具)として、「学校と家」のようなとシーン切り替えに使われています。

主人公については「例によって」と言うほかないのですが、クラスでも浮いている話し相手もいない孤独な男子高校生として描かれています。イジメにあっているわけでもなく、学校に居心地の悪さを感じているわけでもなくどこか超然としているのは、小学生の頃に大きな挫折とともに人生の目標を喪失し、今はそれをネットの世界に見出したからだとわかります。序盤では主人公の半生を淡々と、しかし丁寧に描かれているあたり他作との違いを感じました。
本作を「仮想空間を題材としながら従来の〈現実と仮想との関係〉以外のテーマを扱ったはじめての小説」というのはちょっと褒め過ぎでしょうか。一方で、仮想空間にある意味「行きっぱなし」になってしまった人々もさらりと描かれておりバランスそのあたりリアリティを添えています。

読んでいて気になったのはネットを表現するときに「仮構」という言葉を使っている点でしょうか。虚構と仮想の合成語っぽいのですが「近未来」ではなくネットが等身大になっている同時代を描いている作品なので見慣れない語句に違和感を感じました。

スラムオンライン (ハヤカワ文庫 JA (800))

スラムオンライン (ハヤカワ文庫 JA (800))

The S.O.U.P. (角川文庫)

The S.O.U.P. (角川文庫)